ぽんすけの目指せ投資で億り人

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【書評】ミニマリスト必読!佐々木典士さんの「ぼくたちに、もうモノは必要ない。」!

こんにちは
ぽんすけ(@info_simplify)です

今回紹介するのは佐々木典士さんの

ぼくたちに、もうモノは必要ない。

間違いなくミニマリストを目指す人には必読の内容になっております(●´ω`●)

本の中にはミニマリストの生活にも触れられており
ミニマリストになった後の姿がかなり具体的に見えます!

それではご紹介!



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なぜ、モノをこんなに増やしてしまったのか?

ほしかったすべてのモノを持っていた

神経ネットワークは刺激の量でなく
刺激が変わるという「差」に注目する仕組み
テレビがついている方が刺激の量は大きいはずだが
大きい刺激にもいずれ慣れて寝てしまう
テレビの音と明るさという刺激がなくなる
「差」で人は起きる
静かな部屋で、お昼寝していた子供は
人の足音で起きてしまうが
これは同じ現象が逆の順番で起こっただけ


捨てる方法最終リスト55!!

「今」捨てよう。捨てることがすべての始まり

あの案件が片付いたら時間ができるから捨てよう
落ち着いたら「いつか」捨てよう
残念ながらモノに煩わされている限り
その「いつか」は永遠に来ない
落ち着いたから捨てられるのではなく
捨てるから、落ち着けるのだ
時間があるから捨てられるのではなく
捨てるから時間ができるようになる
だから今すぐ捨てなければならない
捨てるのは今だ
捨てるのが最優先事項だ


まずは明らかな「ゴミ」から捨てる

小さな達成感を積み重ねていけば
いずれ大きなことを達成できるようになっていく
イチローは言った
「小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただひとつの道だ」


捨てづらいモノは写真に撮る

捨てるのが難しいのは、モノそのものの価値ではなく
モノにまつわる思い出だ


街があなたの「間取り」です

何人も座れる巨大なソファを置いて応接間を作りたい
そんなわずかな頻度の機会のために
モノも必要なスペースもどんどん増えていく


さらに捨てたい人へ追加リスト15!!

私服を制服化する

快適に、清潔に過ごすために必要な服の量は多くない
一番似合い、自分にぴったりの定番の服
いつも決まっている「制服」のような
「私服」で過ごす
服のバリエーションを残すというおしゃれでなく
本当に似合う服だけ着るというおしゃれもある


モノが少ない方が個性的!

モノより経験に重きを置くミニマリストが個性的なのは
ごく当たり前のことなのかもしれない


捨てたい病も、持ちたい病も同じ病

モノを減らすのは刺激的だ
スッキリするし、捨てられた自分の勇気も認められる
だから捨てることの刺激にハマると
捨てることが至上命題になってしまい
「捨てたい病」にかかってしまうことになる
そうなるとたくさん持っている人を責める気持ちにもなる

モノを「減らす」ことも「持つ」のも刺激があり、快感がある
だから「減らす」ことに「持つ」ことと同じように依存したり
執着してはならない
減らしたいと思ったときに
「これは本当に必要なモノだろうか?」と
問いかけることは大事だ
それと同様に
「これは本当に捨てるべきモノだろうか?
減らす目的のためだけに、減らそうとしてないだろうか?」
と問いかけることだって必要だ


ミニマリズムは「手段」であり、「序章」である

減らすことは目的でなく
減らして優先する「大事なもの」こと目的だ

モノを捨て、ぼくが変わった12のこと

アリストテレスに学ぶ掃除術

哲学者アリストテレスはこう言った
「私達は繰り返し行っていることの結果である
だからあらゆる偉業が行為でなく
習慣によって成し遂げられる」
掃除をこまめにし、部屋をきれいに保つために必要なのは
毎回のめんどうな掃除に手を付けさせる強固な「意思」ではない
「よしやるぞ!」とふんばる意思の力ではいずれ続かなくなってしまう
「意思」ではなく単に「習慣」にすればいいだけだ
特にやろうとさえ思わずに
ほとんど自動的に人を動かしてくれるのが「習慣」だ


カムバックしたジョブズが最初にしたこと

ジョブズは「世の中を変える商品を出す」ことに集中したかったので
それ以外の大事ではないものは、すべて減らした
「何をやるか」ではなく「何をやらないか」を重要視した
ジョブスは本当に、完璧なミニマリストだった
とにかく「減らした」人だった


瞑想・座禅・ヨガ 自分の内側に集中する

ミニマリストには、瞑想や座禅、
ヨガを習慣にしている人が多い
考えてみるとこれはごく自然なことでもある
モノを減らすと、自分の意識は
「外部」にあるモノで煩わされることが少なくなる
すると意識は自分の「内側」に自然に向かう


汚れてもいない皿を洗おうとしない

汚れてもいない皿を洗おうとしない
という言葉がぼくは好きだ
今日一日で洗わなければいけない皿は一日分だけ明日の皿を洗うことや
明後日の皿、一年分の皿を洗うことまで考え始めると
誰でも嫌になり不安になり
今日の皿洗いすらおぼつかなくなってしまう
将来の失業、結婚、子供をもつこと
年を取り病気になること、孤独死
これは未来の汚れてもいない皿のことだった

モノを捨てることから
ぼくは大きなことを教わった
「いつか」必要になるかもしれないモノは必要になったそのときに
手にすればいい
一度手放してみて、どうしても不都合があったり
必要なものだったことがわかれば
改めてそのときに手に入れればいい